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仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)276号 判決 1958年10月29日

控訴人 国

訴訟代理人 武藤英一 外四名

被控訴人 中沢三次郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人国の指定代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人国の指定代理人において「(一)、訴外米田豊太は私慾をみたすため、かねて懇意の間柄にあつた被控訴人から金員を騙取しようと企て被控訴人に対し東北地方特定郵便局長会(正確には東北地方特定郵便局長連合会)で郵政省取扱の郵便貯金とは別個の利廻りのよい貯金を取り扱うことになつたから被控訴人主張の定額郵便貯金を払い戻し右局長会取扱の貯金に預け替えるよう勧奨し、これを信じた被控訴人から本件定額郵便貯金合計金八〇万円の払戻方の委託をうけ、被控訴人の使者もしくは代理人として右貯金の払戻をうけた上これを着服横領したものである。右の如く郵便局の職員が私人から郵便貯金払戻手続の委託をうけ私人に代りこれが払戻の手続をなすことは国の郵便貯金業務に属せず、郵便局の職員にはそのような職務権限はない。前記貯金払戻の委託は単に被控訴人と訴外米田間の個人的信頼関係に基づくものであつて、訴外米田の特定郵便局長としての職務行為の範囲内に属しないことは勿論、職務行為と索連関係はなく、また訴外米田が払戻をうけた貯金を費消したことは職務を行う機会になされたものではない。したがつて使用者たる控訴人国は被用者たる訴外米田の本件不法行為につき損害賠償の責任はない。(二)、仮りに右主張が理由なしとするも、本件の場合の如く郵便局の職員が私人から郵便貯金の払戻手続の委託をうけることは、えてして犯罪行為誘発の原因となりがちなものであるから、国は従来から厳にこれをつつしむよう監督指導していたものである。したがつて控訴人国は訴外米田の職務の監督につき過失がなかつたものである。(三)、訴外米田が被控訴人に対し前記の勧奨をなすに当り、東北地方特定郵便局長会の取り扱う貯金は国の郵便貯金とは別個のものであると説明しているのであるから、もし被控訴人が訴外米田から右の勧奨をうけた際東北地方特定郵便局長会の取り扱う貯金が国の取り扱う貯金と同じであると信じたとすれば、被控訴人自身においても重大な過失があつたものである。」と述べ、被控訴人代理人において「控訴人国の前記主張事実中、被控訴人の従来の主張に反する点はすべて否認する。」と述べたほかは、すべて原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

証拠関係は、控訴人国の指定代理人において新に乙第九、第一〇号証を提出し、当審証人米田豊太の証言を援用し、被控訴代理人において当審証人前田長太郎の証言、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、右乙号各証の成立を認めると述べたほかは、すべて原判決の証拠摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

訴外米田豊太が昭和一八年三月二六日青森県三戸郡猿辺特定郵便局長並びに同局分任繰替払等出納官吏に任命せられ、同局における郵便、郵便貯金、遺族年金支給並びに同局において受払する国庫金の保管等の事務を掌つていたこと、右訴外人が右職にあつた昭和二九年五月三〇日頃被控訴人から被控訴人主張の定額郵便貯金証書八通の交付をうけてこれを騙取し、同年六月一日及び同月三日の二回に亘り右定額郵便貯金合計金八〇万円の払戻をうけ、その頃これを自己の用途に費消したことは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証の二、甲第二ないし第五号証、乙第一ないし第六号証、乙第七号証の一ないし八の各記載、当審証人前田長太郎、米田豊太の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、訴外米田はかねて馴染の酌婦文子から旅館もしくは飲食店の開業資金として金四〇万円位の援助を求められたので、右要求に応じ同女の歓心を得るため金員を取得せんことを企て昭和二九年五月三〇日頃被控訴人に対し東北局長会では厚生施設その他の事業資金に充てるため国の郵便貯金とは別にしかも定額郵便貯金よりも利率の高い貯金を取扱つている旨虚構の事実を告げ、被控訴人の前記定額郵便貯金を払い戻しの上これを右東北局長会取扱の貯金に預け替えるよう勧奨するとともに、その手続を自己に委任するよう勧めたこと、被控訴人は訴外米田の右言を信用し右訴外人に対し前記定額郵便貯金合計金八〇万円の払戻並びにこれを東北局長会取扱の貯金に預け入れることを委任し同日前記の如く定額郵便貯金証書八通(乙第七号証の一ないし八)を交付するとともに、その印を預けたこと、訴外米田は右証書八通と右の印を使用し被控訴人に代つて前記の如く同年六月一日及び同月三日の二回に亘り前記郵便局から右定額郵便貯金合計金八〇万円の払戻をうけたが、同月五日頃と同月一九日頃の二回に亘り右金員のうち金四〇万円を前記文子に贈与し残金はその頃これを他の用途に費消したことを認め得べく、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中、右認定の趣旨に反する部分は採用しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右の認定事実によれば、控訴人国の被用者である訴外米田豊太は昭和二九年五月三〇日頃被控訴人から定額郵便貯金合計金八〇万円の払戻方の委任をうけ、被控訴人を代理して同年六月一日及び同月三日の二回に亘り右貯金合計金八〇万円の払戻をうけたる上、これを保管中みだりにこれを他に費消し、その結果被控訴人に金八〇万円の損害を蒙らしめたことが明らかである。

そこで、訴外米田の右不法行為が控訴人国の事業の執行につきなされたものであるかどうかについて判断する。控訴人国が郵便貯金の事業を行つていること及び控訴人国が訴外米田を前記特定郵便局長に任命し昭和一八年三月二六日以降同人をして同局における出納官吏として郵便貯金に関する業務などを執行せしめていたことは当事者間に争がない。ところで特定郵便局長である訴外米田が定額郵便貯金者から右貯金の払戻などの委任をうけ、これが払戻手続の代理をなすが如き事項は、控訴人国主張の如く特定郵便局長としての職務権限外のことに属することは、成立に争のない甲第九、第一〇号証の各記載並びに当審証人米田豊太の証言などにより、これを窺い知ることができる。しかし民法第七一五条第一項にいう事業の執行につきとは、使用者の命令もしくは委託した事業の執行行為自体だけではなく、広く使用者の営む事業の範囲内に属する行為をも包含するものと解すべきところ、特定郵便局の職員が国の行う郵便貯金業務に関しその貯金者から郵便貯金の払戻の委任をうけ、これに代つてその払戻手続をなすことは、右郵便貯金業務の範囲内の行為に属するものと認めるのが相当であるのみならず、郵便貯金業務にたずさわる職員が一般利用者へのサービスとして貯金者から郵便貯金通帳、証書の保管もしくは郵便貯金の払戻の依頼をうけていた習慣の存することも前記各証拠により明らかであるから、訴外米田が被控訴人から前記定額郵便貯金払戻の委任をうけ被控訴人を代理してこれが払戻をうけた行為は、控訴人国の行う郵便貯金業務の範囲内に属し且つこれと索連するものといわねばならない。それ故訴外米田の前記不法行為により被控訴人の蒙つた前記損害は、控訴人国の事業の執行につき生じたものというべく、したがつて控訴人国において右損害を賠償する責任があるとなすべきである。もつとも訴外米田の右不法行為は控訴人国主張の如く訴外米田がその私慾をみたすためになしたものであることは前記認定の通りであるが訴外米田の前記定額郵便貯金払戻の受任行為が控訴人国の業務の範囲内に属するのみならず、前記認定のもとにおいては、訴外米田の前記定額郵便貯金払戻の受任による払戻金の受領は反面訴外米田が前記郵便局の出納官吏として右定額郵便貯金の払戻をしたものにほかならない。従つて右払戻自体は控訴人国の事業の執行であつて、ただこれを不当にしたに過ぎないから、訴外米田において右の如く自己の私慾追求の目的から前記不法行為にでたにしても、被控訴人の前記損害が控訴人国の事業の執行につき生じたるものとなすの妨げとならないと解すべきである。右と異なる見解に立つ控訴人国の主張はいずれも採用しがたい。

控訴人国は訴外米田の業務の監督につき過失がなかつたと主張し、前記乙第一〇号証の記載によれば、控訴人国は昭和二七年六月一三日付仙台郵政局報第四八号により貯金部長名義を以て各郵便局長宛に定額並びに積立の郵便貯金業務に関する犯罪続発の傾向を指摘し、これが予防措置として各関係従事員に対し成規取扱の励行を徹底し従事員らが一般利用者から通帳、証書の保管、もしくは貯金払戻の依頼に応ずることは、公衆サービスと考えられるものでも、この種便宜扱は厳につつしむよう指導監督すべきことを指示したことを認め得るけれども、右の如き指示だけではいまだもつて訴外米田の業務の監督につき相当な注意をなしたものとは到底なし難く、その他に控訴人国において訴外米田の業務の監督につき過失のなかつたことを肯認せしめるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。次に控訴人国は被控訴人において前記損害の発生につき過失があつたと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はないから、右主張も到底採用の限りでない。

そうすると、控訴人国は被控訴人に対し金八〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三一年一二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あること明白であるから、控訴人国に対し右義務の履行を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものとす。右と同趣旨にでた原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 上野正秋 兼築義春)

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